しょうじ》徹三という若い男でした。ですから、現在では三つの屍体が、完全な死蝋に作られていて、それに、院長が繧繝《うんげん》彩色と呼んでいる、奇怪な粉飾が施されているのです。幹枝は膨《ふくら》んだ腹をそのままに作り、他の二人には冥界の獄卒が着る衣裳を纏わせて、いわゆる六道図絵の多面像を作り上げたのでした」
とそういってから、杏丸の眼にチカッと嗤《わら》うような光が現われた。
「所が、法規上屍体保存の許可と取引代価を、遺族の者に交渉することになりますと、偶然三人の代表が島へ渡って来ました。それが、一昨々日、つまり十一日の事だったのです」
「すると、まだ滞在しているのですね」
「そうです。ですから、この事件は簡単に3−2=1とはいえないのですよ。勿論交渉も易々《やすやす》とは運びませんでした。大体が、屍体の閲覧を拒絶した、院長の措置から発したのでしょうが、黒松の弟も東海林の父親も、代価に不服をいい出しましたし、殊に、幹枝の姉で鹿子といって、前身がU図書館員だという救世軍の女士官は、この手記を見ると、途方もない条件をいい出したのです。それが金銭ではなく、失楽園の一員に加えてくれというのだから
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