は指紋が残っていない。こうしてすべての情況が、その即死したらしい有様といい、何もかも博士の室と酷似していて、格闘の形跡は勿論のこと、犯人が跳躍した跡は、何処にも見出されないのである。が、然し、扉の鍵が寝衣の衣袋《かくし》にある所を見ると、密閉された室に、神変不思議な侵入を行った犯人の技巧には、法水も眩惑に似た感情を抑える事が出来なかったのである。
 やがて、屍体から右手の壁にある、鳩時計が鳴き始めると、法水はその側にある、実験用の瓦斯栓までも調べたが、それが最後で、全部の調査を終ったらしく、彼に似《に》げない吐息を吐いて言った。
「こりゃ全く、手の付けようがない。内出血が起って、外部へ流れた血が少ないので、刺された時の位置さえ判らんのですよ」
「然し、二時前後に博士を殺して、それから夜が明けて、八時ごろ河竹を殺すまでに、犯人は一体どこに潜んでいたのでしょうな」
 と杏丸が、心持《こころもち》仄めかすようにいったが、法水はその言葉に、不快気な眉を顰めただけで、答えなかった。
 そして次に、三人の来島者を訊問することになったが、二人の男は、何れも杏丸と同じく、昨夜は就寝後室を出ず、今朝騒が
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