、海波高かれとばかりに祈りおりまする。そして、舷側《げんそく》の砲列が役立たぬようにとな」
火器のない、この島のひ弱い武装を知る弟は、ただただ、迫り来たった海戦におびえるばかりだった。が、それに横蔵は、波浪のような爆笑をあげた。
「いやいや、火砲《カノン》とは申せ、運用発射を鍛練してこその兵器じゃ。魯西亜《オロシャ》の水兵《マドロス》どもには、分度儀《ジャスパー》も測度計《サイドスケール》も要らぬはずじゃ。水平の射撃ならともかく、一高一低ともなれば、あれらはみな、死物的に固着してしまうのじゃよ。慈悲太郎、兄はいま抱火矢を使って、あの軍船と対舷《たいげん》砲撃を交わしてみせるわ」
それは、何物の影をも映そうとせぬ、鏡のように、外は白夜に開け放たれた。
その蒼白《そうはく》さ、なんともたとえようのない色合いのほのめきは、ちょうど、一面に散り敷いた色のない雲のようであった。
その中を、渚《なぎさ》では法螺《ほら》貝が鳴り渡り、土人どもは、櫂《かい》や帆桁《ほげた》に飛びついた。次第に、荒々しい騒音が激しくなっていき、やがて臆病《おくびょう》な犬のそれのように、嚇《おど》しの、喉《のど
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