な海霧《ガス》が立ちこめていて、その漂いが、眠りを求め得ない悪霊のように思われた。
すでに刻限も夜半に近く、ほどなく海霧《ガス》も晴れ間を見せようというころ、ラショワ島の岩城は、いまや昏々《こんこん》と眠りたけていた。
見張りの交代もほど間近とみえ、魚油をともす篝《かがり》の火が、つながり合いひろがり合う霧の中を、のろのろと、異様な波紋を描きながら、上っていくのだった。
すると、それから間もなく、何事が起こったのであろうか、ドドドドンと、けたたましい太鼓の音。それが、海波の哮《たけ》りを圧して、望楼からとどろき渡った。
「慈悲太郎、どうじゃ。見えるであろうな。あの二楼帆船《フリゲート》には、ベットの砲楼が付いているわい。ハハハハ、驚くには当たらぬ、あれが軍船でのうてなんじゃ。魯西亜《オロシャ》もこんどこそは怒りおったとみえ、どうやら、火砲《カノン》を差し向けてきたらしいぞ」
と蘇古根横蔵は撥《ばち》を据《す》えて、いつも変わることのない、底知れぬ胆力を示した。そして、海気に焼け切った鉤鼻《かぎばな》を弟に向けて、髻《もとどり》をゆるやかに揺すぶるのだった。
「だが兄上、私はただ
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