》をいっぱいにふくらませた、一つの叫び声にまとまっていくのだった。
 しかし、渚を離れて、その幾艘《いくそう》かの小舟が、ほとんど識別し難い点のようになると、入江の奥は、ふたたび旧の静寂に戻った。
 その時慈悲太郎は、静かに砂を踏み、入江を囲む、岬《みさき》の鼻のほうに歩んで行った。
 青白い日光が、茫漠《ぼうばく》たる寂寥《せきりょう》の中で、こうもはっきりと見られるのに、岬の先では、海が犠牲《いけにえ》をのもうと待ち構えている。それが、嵐《あらし》を前にした、ねつっこい静けさとでもいうのであろうか。いや、嵐を呼ぶ、海鳥の泣き狂う声さえ聞こえないではないか。
 背後には、四季絶えず陰気の色の変わらぬ、岩柱の城がそそり立ち、灰色をした地平線の手前には、空の色よりも、幾分濃いとしか思われぬ鉛色の船体が、いとも眠たげに近づいてくるのである。
 まこと、その二つのものは、冷たい海の上に現われた幻のように、それとも、仄暗《ほのぐら》い影絵としか思えないのだった。
 しかし、味方は巧妙に舟を操って、あるいは水煙の中に隠れ、滝津瀬のようなとどろきを上げる、波濤《はとう》の谷底を選《え》り進んでは、
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