あたかも、悲劇の前触れでもあるかのように、さっと頬《ほお》をなでた、砂のように冷たいものがあった。
それは、今年最初の雪で、静かに、乳のごとく、霧のごとく空を滑りゆくのだった。
そうと知って、紅琴は愕然《がくぜん》としたけれども、千古の神秘をあばこうとする、狂的な願望の前には、なんの事があろう。二人は、互いに励ましながら、氷を割り砂を掘り下げると、果たしてそこからは、凍結した、ベーリングの死体が現われた。
それは、両手を胸に組み、深い雛《しわ》を眉根《まゆね》に寄せて、顔には何やら、悩ましげな表情を漂わせていた。
しかし、息をあえいで太腿《ふともも》を改め、凍りついた、腐肉の上に瞳を凝らすと、やはりそこにはグレプニツキーの言うがごとく、EL DORADO RA という文字がしたためてあるのだ。
ああ、ついにそうであったか、しかし、もう再びラショワ島に帰ることは――と紅琴は、しばらく黙然としていたが、そうしているうちに、一つ二つと笄《こうがい》が、音もなく抜け落ちたかと思うと、両手に抱えたフローラの体に、次第に重みが加わっていく。
彼女は、すでに渾身《こんしん》の精力を使い尽
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