った。
そこは、宿る木一つとない、無限の氷原だった。
その、乳を流した鏡のような世界の中では、あの二つの複雑な色彩、秘密っぽい黒|貂《てん》の外套《がいとう》も、燃えるような緑髪も、きらびやかな太夫着《だゆうぎ》の朱と黄金を、ただただ静かな哀傷としてながめられた。
しかし、上陸した時には、糧食も残りわずかになっていて、二人は疲労と不安のため、足もためらいがちであった。それは、肉体だけが覚めていて、心が深い眠りに陥っているかのように、二人はただ、機械的に歩き続けるのみである。
それでなくてさえも、雲は西から北からと湧《わ》いて空中に広がり、すでに嵐の徴候は歴然たるものだった。
しかし、夜になると、二人は抱き合って、裲襠《うちかけ》の下で互いに暖め合うのであるが、そうした抱擁の中で、ややもすると性の掟《おきて》を忘れようとする、異様の愛着が育てられていった。
やがて、氷の曠原《こうげん》を踏んで猟虎入江《ホプローバヤいりえ》を過ぎ、コマンドル川の上流に達したとき、その河口に、ベーリングの終焉《しゅうえん》地があるのを知った。
ところが、ベーリングの埋葬地点に達したとき、それが
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