たったのちに、一人の背の高い男が、浜辺に集《つど》った土民たちの中で、身を震わせていた。
 海霧《ガス》が、キラキラ光る雫《しずく》となって、焼けた皮膚や、髯《ひげ》の上に並んでいくが その男はただ止まろうとせず、それが失神したようになって、おののいているのだ。
 紅琴は、その男をにくにくし気に見すえて、言った。
「どうじゃグレプニツキー。いまこそ、妾《わらわ》の憎しみを知ったであろうのう。そもじを十字架《クルス》に付ければとて、罪は贖《あがな》えぬほどに底深いのじゃ。横蔵を害《あや》め、慈悲太郎を殺したそもじの罪は、いまここで、妾《わらわ》が贖ってとらせるぞ。よもや、慈悲太郎が聴いた、足音の明証《あかし》を忘れはすまいな。だれか、早う、この者の靴《くつ》を脱がすのじゃ」
 凛《りん》とした声に、躍りかかった四、五人の者が、長靴を外すと、そのとたん、フローラは激しい動悸《どうき》を感じた。
 見ると、グレプニツキーの右足は、凍傷のため、膝《ひざ》から下を切断されていて、当て木の先には、大きく布片が結び付けてある。
 しかし、事態を悟ったグレプニツキーは、意外にも、安堵《あんど》したよう
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