たのです。そして、立ち上がる砒の蒸気で、数多《あまた》の人の命を削ってまいりました。たしか、お気づきのことと思われますが、時折り見える、青い炎がそれでございました。ですもの、あの下手人が、だれであろうがどうだろうが、百度千度、清い心と自分から決めて十字を切ろうが、この憂愁と不安を除くことは、どうあってもできないのです。どうか私を、御心の行くままに、奥方様、どうなりともお裁きくださいまし……」
言い終わるとフローラは、まるで、汚物を吐き尽くした後のようにガックリとなった。
しかし、紅琴には、露ほども動揺した気色《けしき》がなく、じっと石壁に映る、入り日の反射をみつめていたが、やがてフローラを促して、岩城《いわしろ》を出《い》で、裏山に上って行った。
その頂きは鉛色をした、荒涼たるツンドラ沼だった。
そこには、露をつけた、背の低い、名の知れない植物が這《は》い回っていて、遠く浜から、かすかな鹹気《しおけ》と藻の匂いが飛んでくるのだ。紅琴の顔は、折りから白夜がはじまろうとする、入り日に燃えて、生き生きと見えた。
彼女はフローラに向かって、静かに、不思議な言葉を吐いた。
「そもじの嘆
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