、慈悲太郎の肩に現われた父の手も、どうやら錯覚らしく思われてきた。
というのは、白い地に、黄色い波形のものを置いて、その上を、紗《しゃ》のようなものでかぶせると、取り去ったとき、かえって残像が、白地のほうに現われて黒く見えるのである。
また、それには、光のずれ[#「ずれ」に傍点]のことなども考えられるので、あの時、指のひしゃげつぶれた、父の掌《て》と思ったものも、蓋《ふた》を割ると、案外たわいのない錯覚なのではなかったろうか。
と、フローラは、皮質をもみ脳漿《のうしょう》を絞り尽くして、ようやく仮説を組み上げたけれども、昨夜見た父の腕だけは、どう説き解しようもないのだった。
彼女は、一夜のうちに若さを失ってしまい、罪の重荷を、ひしと身に感じた。そして何もかも紅琴に打ち明けて、彼女の裁きを受けようと決心した。
「そういうわけで奥方様、私は、基督《ハリストス》様の御名など、口には出せぬ罪人なのでございます、横蔵様のときも、慈悲太郎様のときも――アレウート号に起こった、悪疫《えやみ》の因がそもそもではございますが――実は私、蝋燭《ろうそく》の芯《しん》の中に砒石《ひせき》を混ぜておい
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