まれるであろう、死者のことを思いやっていた。それは、村々の外れに淋《さび》しく固まっている共同墓地の風景であった。
 しかも、その時ほど、自分の宿命と、罪業《ざいごう》の恐ろしさを、しみじみ感じたことはなかったのである。彼女は、靄《もや》の中に隠されている、ある一つの、不思議な執拗《しつよう》な手に捕らえられているのだ。その明証《あかし》こそ昨夜まざまざと瞳《ひとみ》に映った、父の腕ではないか。
 そして、最初横蔵の鏡に映った片眼が、もしそうであるにしても――と、フローラは不思議な自問自答をはじめた。
 というのは、はしなくその時の鏡が、古びた錫《すず》鏡だったのに気がついたからである。
 元来錫鏡というのは、ガラスの上に錫を張って、その上に流した水銀を圧搾するのであるから、したがって鏡面の反射が完全ではなく、わけても時代を経たものとなると、それは全く薄暗いのである。すると、横蔵の背後に置いた一つが問題になってきて、もし、その角度が、光線と平行な場合には、当然水銀が黝《くろず》んで見えるはずであるから、正面に映った横蔵の眼に、暗くくぼんだような黝みが映らぬとも限らないのである。
 また
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