、腕に絡んで眠る水精のように思われたのだった。
しかし、それには理由があって、以前大陸の東海岸に近いある町で、偶然フローラは、一枚の木版画で日本という国を知ったのであった。
それには、顔に檜扇《ひおうぎ》を当てた、一人の上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じょうろう》が、丈なす髪を振り敷いて、几帳《きちょう》の奥にいる図が描かれてあって、それに感じた漠然《ばくぜん》としたあこがれが、いまも横蔵の、美しい髪を見るにつけ意識するともなく燃え上がったのであった。
「ホホホホ、お難《むず》かりもほどになさいませ。いま一の絃《いと》をしめて、私調子を合わせたばかりのところでございますわ」
と華奢《きゃしゃ》な指に、一筋髪を摘まんで、輪になったそれを解《ほぐ》しながら、
「ではいっそのこと、合わせ鏡をしたら……。それほど、私の顔を御覧になりたいのなら――、いかがでございますか」
と持ち添えた、二つの鏡をほどよく据えて、前方の一つ――なかに映った横蔵の顔を、じっとのぞき込んだときだった。
何を見たのかフローラは、アッと叫んで、取り落としてしまった。なぜなら、そこ
前へ
次へ
全58ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング