すが、それは氷が割れて、新しい苔《こけ》が芽を吹き出す五月のこと、それでかかった十数年の旅の間に、私はすっかり、熟し切った処女になっておりました。ところが、チウメンに宿を求めた、三日目の夜のこと、私は思いがけなく父に出会ったのでした」
「したが、成人されたそもじを、父はどうして知りやったのじゃ、さぞ幼いころの面影を思い出して、そもじの父は、泣きやったであろうな」
 とわがことのように、紅琴が急《せ》き入るにもかかわらず、フローラはいっこうに表情を変えなかった。
「いいえ、それはこうなのでございます。実は、炉辺のつれづれ話に、うっかり私は、本名を明かしてしまったのです。すると、そばにおりました富有そうな老人が、やにわに私の腕をつかんで、別室に引き入れました。その老人が、以前は『聖ピヨトル号』の船長だった、グレプニツキーだったのです。
 そして、私の父が、今なおこの町に、生存していることを話してくれましたし、何よりその場で、私を父に会わせると誓ってくれました。しかし、翌朝になってみると、この世が現在も未来も、すべてがもの恐ろしい、空虚の底へなだれ込んでしまったのを知りました。
 私は、いつ
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