らは、頭をなでられたのを、記憶しております。ところが、ベーリング様は、翌年の十二月八日に、ベーリング島でお亡くなりになりました。父も最初は、チウメンで、その五年後に凍死したという、噂《うわさ》を立てられましたのです。それが気病みとなって、ほどなく母は、私を残してこの世を去ってしまいました。
ところがそれからも、私の不仕合せはいつから尽きようとはいたしませず、慈悲も憫《あわ》れみもない親族どもは、私をカゴツ(中欧から北にかけて住む一種の賤民《せんみん》)の群れに売り渡してしまったのです。そうして、普魯西《プロシヤ》から波蘭《ポーランド》を経て、魯西亜《オロシャ》の本土に入り、それからは果てしのない旅を続けました。
その間私は、いつ海が見えるか、見えるかと思いながら、草原《ステップ》の涯《はて》に、それは広大な幻を描いておりました。なぜかと申しますなら、父を奪い去った海、あの自由な不思議な水の国を見て、私は自分の運命を、泣きもしようし悲しみもしようし、またその底深くに、もしやしたら、あきらめがありはしないかと思われたからです。
そうして、とうとう海に近い、チウメンまでたどりついたので
前へ
次へ
全58ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング