タ》の陰影《かげ》の上に置いた。が、すぐとこんどは、カノヴァのそれのように、両手を胸の上で組み交わした。
そして、その姿勢のまま、臆《おく》する色もなく横蔵に言った。
「私、たいへん寒いんですの。もう凍《こご》え死にしそうですわ。いえいえ決して、あなたがたの敵ではございませんから」
それはともすると、打ち合う歯の音に、消されがちだったけれど、紛れもない魯西亜《オロシャ》言葉だった。
「うむ、※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《おき》はもちろん、場合によっては、家も衣も、進ぜようがのう。したが女、そちはどこからまいったのじゃ」
そう言いながら、自分の唇に、濡《ぬ》れた相手の腋毛《わきげ》を、しごきたいような欲情に駆られ、横蔵はぶるると身を震わした。
「言うまでもありませんわ。あの軍船、アレウート号からでございます。実は、十日ほど前から、悪疫に襲われまして、すんでのことに、私も水葬されるところだったのでした。でも、御安心あそばせな。私はただ、一つの部屋におりましたというのみのこと、伝染《うつ》るのを恐れて、投げ入れられましたなれど、実はこのとおり健《すこ》やかなのでございます
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