かのように、両肩も胸も、たくましい肉づきの腰も、――何もかも、つるつるとした絹のような肌身を、半ば透明な、半ばどんよりとした、神秘の光が覆うているのだ。
 こうして、最初のうちこそ、流血を予期された事態が、計らずも一変した。軍船も砲列も、毒矢も、火箭も、ただいちずに、夢の靄《もや》の中へ溶け込んでゆくのである。
 しかし一方では、そうした驚きの中で、妙に迷信的な、空恐ろしさが高まっていった。
 というのは、女の体の一部に、どう見ても、それが人間的でないものが、認められたからである。その女の持つ毛という毛、髪という髪からは、肩に垂れた濡髪《ぬれがみ》からも、また、茂みを吹く風のように、衣摺《きぬず》れの音でも立てそうな体毛からも、それはまたとない、不思議な炎が燃え上がっているのだ――緑色の髪の毛。
 それゆえ、ともすると横蔵は、錯覚に引き入れられ、金色に輝く全身の生毛《うぶげ》に、人魚を夢見つつ、つぶやくのだった。
「うむ、緑の髪を持った女――さっき渚から這《は》い上がったとき、たしかに儂《わし》は、貝殻《かいがら》のような小さい足を見たはずだぞ。両親は、寛永の昔サガレンに流れ寄った漂流
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