て、たてがみのような潮煙を立てた。その時、異様な予感にそそられて、フローラは頭をもたげ、部屋の濃い闇《やみ》の中をじっとのぞきはじめた。それは、嵐《あらし》の合間を縫って、どこからともなく響いてくる、漠然とした物音があったからだ。
そうして彼女は、その夜更けに、ふと慈悲太郎との部屋境にある、格ガラスを透かして、時折り青白いはためきをする、蝋燭《ろうそく》の炎を見つめているうちに、いきなり、激しい恐怖の情に圧倒されてしまった。
見ると、扉がいつの間に開かれたのであろうか、荒れ狂う大風に伴った雨の流れが、その格ガラスの上に、ドッと吹きつけたのである。と思うと、瞬間おどろと鳴り渡った響きの中から、見るも透《す》んだ蒼白《あおじろ》い腕が――しかも、指のひしゃげつぶれた、反り腕の父のそれが――フローラの眼をかすめて、スウッと横切ったのであった。
黄金郷《エルドラドー》の秘密
翌朝になると、果たして慈悲太郎は冷たい亡骸《なきがら》と変わり、胸には、横蔵と異ならない位置に、短剣が突き刺さっていた。
その日の午後、フローラは、しょんぼり岬《みさき》の鼻に立っていて、いまにも氷の下に包まれるであろう、死者のことを思いやっていた。それは、村々の外れに淋《さび》しく固まっている共同墓地の風景であった。
しかも、その時ほど、自分の宿命と、罪業《ざいごう》の恐ろしさを、しみじみ感じたことはなかったのである。彼女は、靄《もや》の中に隠されている、ある一つの、不思議な執拗《しつよう》な手に捕らえられているのだ。その明証《あかし》こそ昨夜まざまざと瞳《ひとみ》に映った、父の腕ではないか。
そして、最初横蔵の鏡に映った片眼が、もしそうであるにしても――と、フローラは不思議な自問自答をはじめた。
というのは、はしなくその時の鏡が、古びた錫《すず》鏡だったのに気がついたからである。
元来錫鏡というのは、ガラスの上に錫を張って、その上に流した水銀を圧搾するのであるから、したがって鏡面の反射が完全ではなく、わけても時代を経たものとなると、それは全く薄暗いのである。すると、横蔵の背後に置いた一つが問題になってきて、もし、その角度が、光線と平行な場合には、当然水銀が黝《くろず》んで見えるはずであるから、正面に映った横蔵の眼に、暗くくぼんだような黝みが映らぬとも限らないのである。
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