@この事件の恐竜《ドラゴン》と云うのは、とりもなおさず貴方のことだ。しかし、オットカールさんの咽喉《のど》に印されていたという父の指痕《しこん》は――あの恐竜《ドラゴン》の爪痕は、いったい貴方の分身なのですか」
「恐竜《ドラゴン》※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と法水は、噛むように言葉を刻んで、「なるほど、恐竜《ドラゴン》と云えるものが、あの殯室《モーチュアリー・ルーム》にいたことは事実確かなんです。しかし、その一人二役の片割れは蘭《らん》の一種――衒学的《ペダンティック》に云うと、竜舌蘭《リネゾルム・オルキデエ》なんですがね」と云って、懐中から取り出したレヴェズの襟布《カラー》を引き裂くと、その合わせ布の間から、縮みきって褐色をした、網様の帯が現われた。さらに、その前面には、それがまた、幾重にも重ね編まれていて、ちょうど拇指《おやゆび》の形に見える楕円形をしたものが、二つ附いていた。その上にトンと指頭を落して、法水は云い続けた。「こうなれば、一見してすでに明白です。勿論水分さえ吸えば、竜舌蘭《リネゾルム・オルキデエ》の繊維は、全長の八倍も縮むと云われるのですからね。当然|殯室《モーチュアリー・ルーム》の前室に、湯滝を必要とした理由は云うまでもないでしょう。ところで、犯人は最初、その繊維を本開閉器《メイン・スイッチ》の柄にからげ、収縮を利用して電流を切ったのです。そして、柄が下向きになると、そこからスッポリと抜けて、水流の中に落ちたのですから、当然排水孔から流れ出してしまう訳でしょう。それから、次は云うまでもなく、拇指痕《ぼしこん》の形を、竜舌蘭《リネゾルム・オルキデエ》の繊維で作った襟布《カラー》に利用して、レヴェズの咽喉《のど》を絞めていったのでした。つまり、レヴェズの死は他殺ではなく、自殺なんですよ。それで、だいたいの経路を想像してみますと、最初レヴェズが奥の屍室に入ったところを見届けて、犯人は湯滝を作ったのでした。ですから、徐々に湿度が高まって、竜舌蘭《リネゾルム・オルキデエ》が収縮を始めたので、レヴェズはしだいに息苦しくなってゆきました。そこへ何か、あの男に自殺を必要とするような、異常な原因が起ったのです。したがって、当然レヴェズの死には、二つの意志が働いているという訳で、算哲に似せた拇指痕の上に、あの男の悲痛な心理が重なっていったのでしたよ」とそこで言葉を截ち切って、法水は鋭く旗太郎を見据えた。「しかし、この襟布《カラー》には、勿論誰の顔も現われてはいません。けれども、いずれこの事件の恐竜《ドラゴン》は、鎖の輪から爪を引き抜くことが、できなくなってしまうでしょう」
汗まみれになった旗太郎には、このわずかな間に、胆汁が全身に溢《あふ》れ出たのではないかと思われた。すでに、怒号する気力も尽き果てて、ぼんやりあらぬ方を瞶《みつ》めている。が、やがて、フラフラ揺れている身体が棒のように硬くなったかと思うと、喪心した旗太郎は、顔を水平に打衝《うちつ》けて卓上に倒れた。それを法水が室外に連れ去らせると、セレナ夫人も軽く目礼して、その後に続いた。そうして、伸子一人が残された室内には、しばらく弛《ゆる》みきった、気懶《けだる》い沈黙が漂っていた――ああ、あの異常な早熟児が犯人だったとは。そのうち、歩き廻っていた法水が座に着くと、組んだままの腕をズシンと卓上に置き、意味ありげな言葉を伸子に投げた。
「ところで、あの黄から紅に[#「黄から紅に」に傍点]――ですか、僕はあくまでその真実を知りたいのですよ」
すると、そのとたん彼女の顔が神経的に痙攣《けいれん》して、恐らく侮蔑と屈辱を覚えたとしか思われぬような、潔癖さが口をついて出た。
「それでは、私に聯想語をお求めになりますの。黄から紅《くれない》に――そうすると、それが黄橙色《オレンジ》になるではございませんか。黄橙色《オレンジ》――ああ、あのブラッド洋橙《オレンジ》のことを仰言《おっしゃ》るのでしょう。それで、きっと貴方は、私が嚥《の》んだ檸檬水《レモナーデ》の麦藁《ストロー》から、石鹸《シャボン》玉が飛び出したとでも……。いいえ私は、麦藁《ストロー》を束にして吸うのが習慣なのでございますわ。でもそうなったら、その束が一度に弦《つる》へは、番《つが》らないではございませんか」と伸子の皮肉が、猛烈な勢いで倍加されていった。「それから、あのダン――丁抹国旗《ダーネブローグ》が悲しい半旗となったということが、あのダンネベルグが私に何の関係がございますの。そして、青酸加里がいったいどんな……」
「いや、けっしてそんな……。むしろその事は、僕が津多子夫人に対して云うべきでしょう」と法水は微かに紅を泛《うか》べたが、静かに云った。
「実は、その黄から紅[#「黄から紅」に傍点]に――と云う
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