lえたからだ。ところが熊城君、元来|十二宮《ゾーディアック》なんてものは、古来からありふれている迷信上の産物にすぎない。第一、文字暗号ではないのだから、肝腎《かんじん》の|秘密ABC《キイ・ウァード》を発見するのに必要な資料が、これにはてんで与えられていないのだ。しかし、僕はランジイ([#ここから割り注]マクベス、ジイヴィルジュ等と並ぶ斯道の大家。一九一八年、“Cryptographie”を発表す[#ここで割り注終わり])じゃないがね。仮定す――という慣用語は、まさに解読家にとって金科玉条に等しいと思うのだよ。何故なら※[#「冂+夂」に似た形(fig1317_30.png)、276−17](処女宮《ヴィルゴ》)とか※[#「Ω」に似た形(fig1317_31.png)、276−17](獅子宮《レオ》)とか云うように、十二宮《ゾーディアック》固有の符号はあるけれども、僕は猶太釈義法《カバリズム》をそれに当てて見たのだ。つまり一八八一年の猶太人虐殺《ポグロム》の際に、波蘭《ポーランド》グロジスクの町の猶太人《ジュウ》が十二宮《ゾーディアック》に光を当てて、隣村に危急をしらせたという史実があるほどだし……、それに、ブクストルフ([#ここから割り注]ヨハンまたはヨハネス、一五六四―一六二九。瑞西バーゼルの人。その子とともに大ヘブライ学者[#ここで割り注終わり])の「希伯来略語考《デ・アブレヴィアトゥリス・ヘブライキス》」を見ると、それには、Athbash《アトバシュ》 法・Albam《アルバム》 法・Atbakh《アトバク》 法([#ここから割り注]Athbash 法―ヘブライABCの第一字アレフの代りに、その最後の字タウを当て、また第二位のベートの代りに、最終から二番目のシンを当て、以下それに準ずる記法。Albam 法―ヘブライABCを二つに区分し、アレフの代りに後半の第一字ラメドを当てる方法。Atbakh 法―各文字を、その数位の順に従って置き換える方法[#ここで割り注終わり])をはじめ、天文算数に関する数理義法《カバラ》が記されている。そして、古代|希伯来《ヘブライ》の天文家が、獅子宮《レオ》の大鎌形とか処女宮《ヴィルゴ》のY字形などに、希伯来《ヘブライ》文字の或るものを当てていたという記録が残っているからだ。もちろんその中には、現在のABC《アルファベット》に語源をなすものがある。けれども、十二宮《ゾーディアック》全部となると、そういう形体的な符号の記されてないものが四つあって、そこで僕は、思いがけない障壁に打衝《ぶつか》ってしまったのだよ。しかし、猶太式秘記法を歴史的にたどってゆくと、十六世紀になって、猶太《ユダヤ》労働組合とフリーメーソン結社([#ここから割り注]フリーメーソン結社――。衆知の名称なれども、この結社の本体は秘密会議にあり、それが明白なるが猶太的団体であることは、メーソン教会の床に「ダビデの楯」の図を塗り潰したものを描き、また、それが定規とコムパスのメーソン記象にも母体となり、さらに、死亡広告欄を飾る八星形が、猶太教会の彩色硝子窓に用いられているのを見ても明らかなり[#ここで割り注終わり])暗号法の中に、その欠けた部分を補うものが発見されたのだ。ねえ熊城君、驚くべきことには、この十二宮《ゾーディアック》の中に、猶太《ユダヤ》秘密記法史の全部が叩き込まれている。そうなると、あの不可解な人物クロード・ディグスビイをウエールス生れの猶太《ジュウ》だとするに異議はあるまい。言葉を換えて云うと、この事件には隠顕両様の世界にわたり、二人の猶太人《ジュウ》が現われていることになるのだよ」とそれから法水は、一々星座の形に希伯来《ヘブライ》文字を当てながら、十二宮《ゾーディアック》の解読を始めた。
[#十二宮の解読図(fig1317_32.png)入る]
すなわち、人馬宮《サギッタリウス》の弓には※[#ヘブライ文字「SHIN」(fig1317_33.png)、277−17]《シン》、天蝎宮《スコルピウス》には※[#ヘブライ文字「LAMED」(fig1317_34.png)、277−17]《ラメド》、処女宮《ヴィルゴ》のY字形には※[#ヘブライ文字「AYIN」(fig1317_35.png)、277−17]《アイン》、獅子宮《レオ》の大鎌形には※[#ヘブライ文字「YOD」(fig1317_24.png)、277−18]《ヨッド》、双子宮《ゲミニ》の双児《ふたご》の肩組みには※[#ヘブライ文字「HE」(fig1317_36.png)、277−18]《ヘ》、勿論|金牛宮《タウルス》は、主星アルデバランの希伯来《ヘブライ》称「|神の眼《アレフ》」どおりに、第一位の※[#アレフ、1−3−60]《アレフ》となる。それから双魚宮《ピスケス》
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