Cのために殺されたり。それより先日没後に、ブラーエはオーヘム大佐に従いて、戦闘最も激烈なりし四風車地点を巡察の途中、彼の慓悍《ひょうかん》なる狙撃の的となりし者を指摘す。曰《いわ》く、ベルトルト・ヴァルスタイン伯、フルダ公兼大修院長パッヘンハイム……
そこまで来ると、熊城は顔でも殴《なぐ》られたかのようにハッと身を引いた。そして、容易に声が出なかった。検事はしばらく凝然と動かなかったが、やがてほとんど聴取れないほど低い声で、次句を読みはじめた。
「デイトリヒシュタイン公ダンネベルグ[#「ダンネベルグ」に傍点]、アマルティ公領司令官セレナ[#「セレナ」に傍点]、ああ、フライベルヒの法官《チャンセラー》レヴェズ[#「レヴェズ」に傍点]……」とグッと唾を嚥《の》み込んで、濁った眼を法水に向けた。「とにかく法水君、君が持ち出した、この妖精園の光景を説明してくれ給え。どうも、配役《キャスト》の意味がさっぱり嚥み込めんのだよ――何故リュッツェン役を筋書《プロット》にして、黒死館の虐殺史が起らねばならなかったのだろうか。それに、あるいは杞憂《きゆう》にすぎんかもしれんがね。僕はここに名を載せられていない旗太郎と、クリヴォフとそのどっちかのうちに、犯人の署名《サイン》があるのではないかと思うのだよ」
「うん、それがすこぶる悪魔的な冗談なんだ。考えれば考えるほど、慄然《ぞっ》となってくる。第一、この大芝居を仕組んだ作者というのは、けっして犯人自身ではないのだ。つまりその筋書《プロット》が、あの五芒星呪文の本体なんだよ。リュッツェンの役では、軽騎兵ブラーエとその母体である暗殺者の魔法錬金士オッチリーユとの関係だったものが、この事件に来ると、[#ここから横組み]犯人+X[#ここで横組み終わり]の公式に変ってしまうのだ」と法水は、この妖術めいた符合の解釈を、ぜひなく事件の解決後に移したけれども、続いて凄気を双眼に泛《うか》べて、黒死館の悪魔を指摘した。
「ところで、そのブラーエが、オッチリーユ[#「オッチリーユ」は底本では「オッチリーエ」]からの刺者であることが判ると、そこで、彼の本体を闡明《せんめい》する必要があると思う。それが、|二重の裏切《ダブル・ダブルクロッス》なんだ。旧教徒《カトリック》と対抗して比較的|猶太人《ジュウ》に穏かだったグスタフス王を暗殺したのは、新教徒《プロテスタント》から受けた恩恵と、彼の種族に対するとの両様の意味で、|二重の裏切《ダブル・ダブルクロッス》じゃないか。つまり、ハートの史本にはないけれども、プロシア王フレデリック二世の伝記者ダヴァは、軽騎兵ブラーエを、プロック生れの波蘭猶太人《ポウリッシュ・ジュウ》だと曝《あば》いている。そして、その本名が、ルリエ・クロフマク・クリヴォフ[#「クリヴォフ」に傍点]なんだ!」
その瞬間、あらゆるものが静止したように思われた。ついに、仮面が剥がれて、この狂気芝居は終ったのだ。常に審美性を忘れない法水の捜査法が、ここにもまた、火術初期の宗教戦争で飾り立てた、華麗きわまりない終局《キャタストロフ》を作り上げたのだった。しかし、検事は未だに半信半疑の面持で、莨《たばこ》を口から放したまま茫然《ぼんやり》と法水の顔を瞶《みつ》めている。それに法水は、皮肉に微笑みながらも、ハートの史本を繰りその頁《ページ》を検事に突き付けた。
(グスタフス王の歿後、ワイマール侯ウイルヘルムの先鋒銃兵《フロント・マスケチーア》ホイエルスヴェルダに現われるに及び、初めて彼が、シレジアに野心ある事明らかとなれり)
「ねえ支倉君、ワイマール侯ウイルヘルムは、その実皮肉な嘲笑的な怪物だったのだよ。しかし、さしもクリヴォフが築き上げた墻壁《しょうへき》すらも、僕の破城槌《バッテリング・ラム》にとれば、けっして難攻不落のものではないのだ」と背後にある大火図の黒煙を、赫《か》っと焔のように染めている、陽の反映を頭上に浴びながら、法水は犯人クリヴォフを俎上《そじょう》に上《のぼ》せて、寸断的な解釈を試みた。
「最初に僕は、クリヴォフを土俗人種学的に観察してみたのだ。勿論イスラエル・コーヘンやチェンバレンの著述を持ち出さなくても、あの赤毛や雀斑《そばかす》、それに鼻梁の形状などが、それぞれアモレアン猶太人《ジュウ》([#ここから割り注]最も欧羅巴(ヨーロッパ)人に近い猶太人の標型[#ここで割り注終わり])の特徴を明白に指摘しているものだと云える。しかしそれを、より以上確実にしているのが、猶太人特有ともいう猶太王国恢復《ザイオニック・シムボリズム》の信条なんだ。猶太人《ジュウ》がよく、その形をカフス釦《ボタン》や|襟布止め《ネクタイ・ピン》に用いているけれども、そのダビデの楯(※[#正三角形と逆正三角形が組み合わさった六芒星
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