、。壺兜や手砲《ハンド・キャノン》で事件の解決がつくと云うのだったら、まず、そういう史上空前の証明法を聴こうじゃないか」
「勿論刑法的価値としては、完全なものじゃないさ」と法水は烟《けむり》を靡《なび》かせて、静かに云った。「しかし、最も疑われてよい顔が、僕等を惑わしていた多くの疑問の中に散在しているんだ。つまり、その一つ一つから共通した因子《ファクター》が発見され、しかも、それ等をある一点に帰納し綜合し去ることが出来たとしたらどうだろう。またそうなったら君達は、強《あなが》ちそれを、偶然の所産だけとは考えないだろうね」と云って、卓子《テーブル》をガンと叩き、強調するものがあった。「ところで僕は、この事件を猶太的犯罪《ジュウイッシュ・クライム》だと断定するが、どうだ!」
「猶太《ジュウ》――ああ君は何を云うんだ?」熊城は眼をショボつかせて、からくも嗄《しゃが》れ声を絞り出した。恐らく彼は、雷鳴のような不協和の絃の唸《うな》りを聴く心持がしたことであろう。
「そうなんだ熊城君、君は猶太《ユダヤ》人が、ヘブライ文字の※[#アレフ、1−3−60]《アレフ》から※[#ヘブライ文字「YOD」(fig1317_24.png)、250−3]《ヨッド》までに数を附けて、時計の文字盤にしているのを見たことがあるかね。それが、猶太人の信条なんだよ。儀式的の法典を厳格に実行することと、失われた王国《ツィオン》の典儀を守ることだ。ああ、僕だってそうじゃないか。どうして今までに、土俗人種学がこの難解きわまる事件を解決しようなどと考えられたろうか。とにかく、支倉君の書いた疑問一覧表を基礎にして、あの薄気味悪い|赤い眼《シリウス》の視差《パララックス》を計算してゆくことにしよう」と法水の眼の光が消えて、卓上のノートを開きそれを読みはじめた。

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一、四人の異国楽人について[#「一、四人の異国楽人について」は太字]
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被害者ダンネベルグ夫人以下四人が、いかなる理由の下に幼少の折渡来したか、また、その不可解きわまる帰化入籍については、いささかの窺視《きし》も許されない。依然鉄扉のごとくに鎖されている。
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二、黒死館既往の三事件[#「二、黒死館既往の三事件」は太字]
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同じ室において三度にわたり、いずれも動機不明の自殺事件に対して、法水はまったく観察を放棄しているようである。ことに、昨年の算哲事件については、真斎を恫※[#「りっしんべん+曷」、第4水準2−12−59]《どうかつ》する具には供しているけれども、はたして彼の見解のごとく、本事件とは全然別個のものであろうか。法水が黒死館の図書目録の中から、ウッズの「王家の遺伝」を抽き出したのは、その古譚めいた連続を、彼は遺伝学的に考察しようとするのではないか。
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三、算哲と黒死館の建設技師クロード・ディグスビイの関係[#「三、算哲と黒死館の建設技師クロード・ディグスビイの関係」は太字]
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算哲は薬物室の中に、ディグスビイより与えらるべくして果されなかった、ある薬物らしいものを待ち設けていた。その意志を、一本の小瓶に残している。また法水は、棺龕《カタファルコ》十字架の解読よりして、ディグスビイに呪詛の意志を証明している。以上の二点を綜合すると、黒死館の建設前すでに、両者の間には、ある異様な関係が生じていたのではないだろうか。
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四、算哲とウイチグス呪法[#「四、算哲とウイチグス呪法」は太字]
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ディグスビイの設計を、算哲は建設後五年目に改修している。その時、デイ博士の隠顕扉や黒鏡魔法の理論を応用した古代時計室の扉が生れたのではないかと思われる。しかしながら、算哲の異様な性格から推しても、とうていそれ等中世異端的弄技物が、上記の二つに尽きるとは信ぜられぬ。そして、歿後直前に呪法書を焚いたことが、今日の紛糾混乱に因を及ぼしているのではないかと、推測するがいかが?
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五、事件発生前の雰囲気[#「五、事件発生前の雰囲気」は太字]
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四人の帰化入籍、遺言書の作成と続いて、算哲の自殺に逢着すると、突如|腥《なまぐさ》い狹霧《さぎり》のような空気が漲りはじめた。そして、年が改まると同時に、その空気にいよいよ険悪の度が加わっていったと云われる。あながちその原因が、遺言書を繞《めぐ》る精神的葛藤のみであるとは思われぬではないか。
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六、神意審問会の前後[#「六、神意審問会の前後」は太字]
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ダンネベルグ夫人は、死体蝋燭が点ぜられると同時に、算哲と叫んで卒倒した。また、その折易介
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