輪へ極度に反らせているところは……さらに、肋骨《あばら》が透いて見えて、いかにも貧血的な非化体相《ひかたいそう》と云い……そのすべてが、|※[#「穴かんむり/石」、170−15]祭《カタコムブ》時代のものに酷似してはいる、がかえってそれよりも、ヒステリー患者の弓状硬直でも見るようで――いかにもそう云った、精神病理的な感じに圧倒されるのだった。ひととおり観察を終えると、法水は熱病患者のような眼をして検事を顧みた。
[#墓※[#「穴かんむり/石」]の周囲の図(fig1317_12.png)入る]
「ねえ支倉君、キャムベルに云わせると、重症の失語症患者でも、人を呪う言葉は最後まで残っていると云うじゃないか。また、すべて人間が力尽きて、反噬《はんぜい》する気力を失ってしまった時には、その激情を緩解するものは、精霊主義《オクルチスムス》以外にはないと云うがね。明らかに、これは呪詛《じゅそ》だよ。なにより、ディグスビイは威人《ウエルシュ》なんだぜ。未だに、悪魔教バルダスの遺風が残っていて、ミュイヤダッハ十字架《クロッス》風の異教趣味に陶酔する者があると云われる――あのウエイルズ生れなんだ」
「いったい君は、何を云いたいんだ」と検事は、薄気味悪くなったように叫んだ。
「実は支倉君、この葬龕《カタファルコ》は並大抵のものではないのだ。ボズラ([#ここから割り注]死海の南方[#ここで割り注終わり])の荒野にあって、昼は鬣狗《ハイエナ》が守護し、夜になると、魔神降下を喚き出すと伝えられる――死霊集会《シエオール》の標《しるし》なんだよ」と法水は横なぐりに睫毛《まつげ》の雪を払って、云った。「だが僕は猶太《ヤーウェ》教徒でも利未《リビ》族([#ここから割り注]猶太教で祭司となる一族[#ここで割り注終わり])でもないのだからね。眼前に死霊集会《シエオール》の標を眺めていても、それをモーゼみたいに、壊さねばならぬ義務はないと思うよ」
「そうすると」熊城は衝《つ》くように云った。「先刻《さっき》の弱音器記号の解釈は、どうしたんだ?」
「それなんだ熊城君、やはり、僕の推定が正しかったのだよ」と法水は、|+《よこじゅうじ》の記号がもたらした解説を始めた。「僕が予想した三惑星の連結は、まさしく暗示されているのだ。最初に、墓地樹の配置を見給え。アルボナウト以後の占星学《アストロロジイ》では、一番手前の糸杉と無花果《いちじく》とが、土星と木星の所管とされているし、向う側の中央にある合歓樹《ねむのき》は、火星の表徴《シムボル》になっているのだ。またそれを、曼陀羅華《マンドラゴーラ》・矢車草《オーレゴニア》・苦艾《アブサント》と、草木類でも表わすことが出来るけれども……いったいその三外惑星の集合に、どういう意味があるかと云うと、モールレンヴァイデなどの黒呪術的占星学《ブラックマジカル・アストロロジイ》では、それが変死の表徴《シムボル》になっているのだ。ところで君達は、十一世紀|独逸《ドイツ》のニックス教([#ここから割り注]ムンメル湖の水精でニクジーと云う、基督教徒を非常に忌み嫌う妖精を礼拝する悪魔教[#ここで割り注終わり])を知っているかね。あの悪魔教団に属していた毒薬業者の一団は、その三惑星の集合を、纈草《かのこそう》・毒人蔘《ヘムロック》・蜀羊泉《ズルカマラ》の三草で現わしていて、その三つを軒辺《のきべ》に吊し、秘かに毒薬の所在を暗示していたと伝えられている。それが、後世になって三樹の葉に代えられたと云うのだが、さてそこで、その三本の樹を連ねた、三角形と交わるものが何だろうか?」

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(註)(一)纈草。敗醤【オミナエシ】科の薬用植物で、癲癇《てんかん》、ヒステリー痙攣《けいれん》等に特効あるため、学者の星と云われる木星の表徴とす。
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(二)毒人蔘。繖形科の毒草にして、コニインを多量に含み、最初運動神経が痳痺[#「痳痺」はママ]するため、妖術師の星と称される土星の表徴とす。
(三)蜀羊泉。茄科の同名毒草にして、その葉には特にソラニン、デュルカマリンを含むものなれば、灼熱感を覚えると同時に中枢神経がたちどころに痳痺[#「痳痺」はママ]するため、火星の表徴とす。
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 網龕灯《あみがんどう》の赭《あか》黒い灯が、薄く雪の積った聖像の陰影を横に縦に揺り動かして、なんとも云えぬ不気味な生動を与える。また、その光は、法水の鼻孔や口腔を異様に拡大して見せて、いかにも、中世異教精神を語るに適《ふさ》わしい顔貌を作るのだった。しかし、熊城は不審を唱えた。
「だが、胡桃・巴旦杏・桃葉珊瑚《あおき》・水蝋木犀《いぼたのき》の四本では、結局正方形になってしまうぜ」
「いや、それが魚なんだよ」と法水は
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