この屍体にはそれがない。のみならず、糸のような亀裂の線が楔状骨に迄及んでいるのや、創口が略々《ほぼ》正確な円をなしているのを見ても、この刺傷が瞬間的な打撃に依るものではなく、相当時間を費して圧し込んだ――と云う事が判るよ。それから、頭蓋の縫合線を狙うと云う――極めて困難な仕事をなし遂げたと云う事も、一応は注目していいと思うね」
「それなら尚更、苦痛の表出がなけりゃならんが」検事は片唾を呑んで法水の言葉を待ったが、その時別人のような声で熊城が遮った。
「所で、君に最後の報告をして置こう」と彼は驚くべき二人胎龍の事実を明らかにしたのである。「信ずる信じないは君の判断に任すとして……。実は細君の柳江が昨夜十時頃に、薬師堂の中で祈念している胎龍の後姿を見たと云うのだがね」
「すると、それが屍体だか犯人の仮装だか、それとも、奇蹟が現われて、被害者がその時まだ生きていたのか……」と法水は、暫く明るい楓の梢を睨んでいたけれども、それには大して信を措かぬもののように、不図別な事を熊城に訊ねた。
「では、昨夜の事情を聴かせて貰おう」
「それは、宵の八時頃に被害者が薬師堂に上って、護摩を焚いたと云うのが始
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