まりで、それなり本堂へ戻って来ず、今朝六時半になって寺男の浪貝久八がこの堂内で屍体を発見したのだ。それに、境内は四の日の薬師の縁日以外には開放されないのだし、建仁寺垣の内側にも、越えたらしい足跡はないし、周囲の家を調べてみても、不審な物音や叫び声は一向に聴かなかったと云う。また、胎龍と云う人物は、歌と宗教関係以外には交渉の少ない人で、怨恨等はてんで外部に想像されない許りでなく、この三月程の間は外出もせず、絶対に人と遇わなかったそうだよ。それでなくても、犯人寺内説を有力に証明しているのは、この雪駄が被害者の所有品だと云う事なんだ」そう云ってから、熊城は大仰な咳払いをして、「だから法水君、鳥渡考えただけでは、僕等は全然、この曲芸的《アクロバチック》な殺人技巧に征服されているようだ。けれども、その実質となると、たかが五から四を引くだけの、単純な計数問題に過ぎないのだよ」
法水は真剣な態度で聴いていたが、
「勿論犯人は寺内にある。所で、君はいま、胎龍が三月許り誰にも遇わなかったと云ったね」と尤もらしい歯軋りをして、まるで夢見るように、視線を宙に馳せた。「すると、やはりあれかな。いや断じてそれ
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