大体、経文には火に関する文字が非常に多いのだから、必ずしもそれに限った事はなかっただろうが、その『秘密三昧即仏念誦[#「秘密三昧即仏念誦」に傍点]』は、多分暗誦出来る程に耳慣れがしていたに違いない。それで、線香花火を燃やすに適切な時間なども、予め錯誤せぬよう、目的の一節を基礎に算出する事が出来たのだったよ。所で、愈それが到来すると、俄然胎龍の悲壮な恍惚が絶頂《クライマックス》に突き上げられ、完全に現実から離脱してしまった。と同時に兇器が下されたのだよ。で、その一節と云うのは、経机の上で開かれていた『五障百六十心等三重赤色妄執火[#「五障百六十心等三重赤色妄執火」に傍点]』と云う一句なので、その唱句が終った刹那に、突如胎龍の頭上に赤色妄執火が下ったのだ。と云うのは、背後から厨川君が例の赤い筒提灯を胎龍の頭上に被せて、それを次第に縮めて行ったからだ。胎龍のその時の状態では、てんで識別出来よう道理がない。そして、提灯の縮小につれて、妄執の火が次第に濃くなって行く。勿論胎龍はその刹那に火刑――とでも直感した事だろうが、それを反覆する余裕もなく、ひたすらこの恐怖すべき符合のために、脆弱な脳組織が
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