二つの後光

 その夜|法水《のりみず》に三つの方面から情報が集まった。一つは法医学教室で――創傷の成因では法水の推定が悉く裏書され、絶命時刻も七時半から九時迄と云うのに変りない事。次は熊城で――朔郎が失ったと云うもう一本の鏨が発見され、その個所が、久八が蹲んでいたと云う場所の直前五|米《メートル》の池中だったと云う事。そして最後に、法水が月光の光背から採取した黒い煤様のものが、略々円形をなした鉄粉と松煙であると云う事――それは、鑑識課に依って明らかにされたのであった。所が、翌朝熊城は力のない顔をして法水を訪れた。
「いま朔郎を放免した所なんだよ。彼奴に不在証明《アリバイ》が現われたんだ。朔郎の室の垣向うが、久八の家の台所になっているだろう。八時半頃其処で立ち働いていた久八の孫娘が、朔郎が時計を直している音を聴いたと云うのだ。最初に八時を打たせて、それから半を鳴らせたので、自分の家の時計を見ると、恰度八時三十二分だったと云う。そこで、朔郎を訊して見ると、彼奴《あいつ》は迂闊《うっかり》していたと云って、躍り上った始末だ。勿論些細な点に至るまで、ピッタリ符合しているんだ。法水君、昨日朔郎
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