ける苦痛を楽しむよりかも、精神上の自己膺懲に快楽を感ずると云う方が、よりも典型的なマゾヒィストだと。そう云う風に非常に変った態だけれども、ともかく一種の奇蹟に対する憧憬とでも云えるものが、胎龍の堕ち込んだ最終の帰結点だったのだよ。すると、今年に入ってから胎龍の心理に起った変化が、此れで判然《はっきり》説明が付くじゃないか。そして、それが僕の想像する去勢法の行程を辿っているので、その間主要な点には、必ず外部から働き掛けたものがあったに相違ないのだ。だから、もう少し判って来れば、兇器の推定がつくと云う訳さ」
 云い終ると、法水は唖然とした二人を尻目にかけて、悠然と立上った。
「さて、空闥に案内して貰って薬師堂を調べる事にしよう」
 薬師堂の階段を上ると、中央には香の燃滓が山のように堆積している護摩壇があり、その背後が厨子形の帷幕《とばり》になっている。幕が開け放しになっているので、眼が暗さに慣れるにつれて、中の薬師三尊が、如何にも熱帯人らしい豊かな聖容を現わして来た。中央は坐像の薬師如来、左右の脇侍、日光月光は立像である。薬師三尊の背後は、六尺程の板敷になっていて、その奥の壇上には、聖観音
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