が去ると、法水はグッタリとなって呟いた。
「成程、動機と云えるものがない。それに、斯う云うダダッ広くて人間の少ない家の中では、元来|不在証明《アリバイ》を求めようとするのが、無理な話なんだよ」
「けれども、君の云う、機構《メカニズム》の一部だけは、判ったじゃないか」と検事が云うと、法水は鳥渡凄味のある微笑を泛べた。
「所が、いま全体の陰画が判ったのだよ。胎龍の心理が、どう云う風に蝕ばまれ変化して行ったかと云う……」
「フム、と云うのは」
「それはこうなんだ。実は、先刻胎龍の室を捜して、僕は手記めいたものを発見したのだ。勿論他には注目するに足る記述はないけれども、夢を書き遺してくれたので、大変に助かったよ。――五月二十一日に、近頃幾晩となく、木の錠前に腰を掛けた夢を見るのはどうした事だろうとある。それから六月十九日に、自分の一つしかない右眼を刳り抜いて、天人像に欠けている左眼の中に入れた――とあるのだよ。所で、僕はフロイトじゃないが、早速この夢判断をする事にした。実にそれが、胎龍の歪められて行く心理を、正確に描写してあるのだ。で、まず最初に、三月頃胎龍に時々起った失神状態と云うのを説明し
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