犯人の足跡を指摘して行った。
「確か十時半頃でしたか、誰が鎖を解いたものか、飼犬の啼き声が池の方でしますのでした。それで、捕えに行こうとして薬師堂の前を通ると、内部《なか》では方丈様が御祈祷中らしく、後向きに坐ってお出でになりました」
「なに、君もか」瞬間、思わず三人の視線が合ったけれども、久八は無関心に続けた。
「所が、その時可笑しなものを見ましてな。縁日の晩にしか使わない赤い筒提灯が両脇に吊してありまして、二つ共に灯が入って居りました」
「ホウ、赤い筒提灯が※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と法水は衝動的に呟いたが、その下から、眼を挙げて先を促した。
「それから池の畔に行ったのですが、真暗なので犬を深す事が出来ません。それで致し方なく、口笛を鳴らしながら彼此《かれこれ》三十分近くも蹲んで居りますうちに、向う岸の雫石さんの裏手辺りに誰かいたと見えて、莨の吸殻を池の中へ投げ捨てたのが眼に入りましたので。その癖、寺では莨喫みが儂一人だけで御座いますが」
「では、帰りにも提灯が点いていたかね?」
「いいえ、提灯どころか、扉が閉っていて真暗でしたが」
 それで、関係者の訊問が終了した。久八
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