爪繰って語り出したのは、仄暗い霧の彼方で暈《ぼっ》と燃え上った、異様な鬼火だったのだ。
 ――三月晦日の夜、月が出て間のない八時頃の事だった。突然慈昶と朔郎が駈け込んで来て、玄白堂に妖しい奇蹟が現われたと云うのである。それが、天人像の頭上に月暈の様な浄い後光がさしたとの事なので、ともかく一応は調べる事になり、胎龍と空闥の二人が玄白堂に赴いた。所が、堂の内外には何等異常がない許りか、試みに頭上の節穴から光線を落してみても、髪毛の漆が光るに過ぎない。そして、とうとう不思議現象の儘残ってしまったのだが、その翌日から胎龍の様子がガラリと変って、懐疑と思念に耽るようになったと云うのである。
「然し、朔郎は何んとも云いませんでしたよ」聴き終ると法水は、鳥渡皮肉な質問をした。
「そうでしょう。あの大師外道めは、誰かの念入りな悪戯だと云いますでな。てんで念頭にはありますまい。然し、科学とやらでは、どうして解く事が出来ましょうか。いや、解けぬのが道理なのですじゃよ」
「すると、像の後光はその時だけでしたか」
「いや、その後にもう一度、五月十日にありました。その時見たのは、つい先達《せんだって》暇をとった
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