て作ったのですが、蜘蛛糸は本物の小道具なんですよ」
「すると、君は背景描きをやっているのかい」そう云って法水が端の一本を摘むと、それは、紙芯に銀紙を被せた柔かい紐だった。
その時窓外からボンと一つ、零時半を報らせる沈んだ音色が聴こえた。それは朔郎の室に適《ふさ》わしくない豪華な大時計で、昨年故国に去った美校教授ジューベ氏の遺品だった。然し正確な時刻は、格子窓の上にある時計の零時三十二分で、その時計には半を報ずる装置はなかったのである。
それから、朔郎の饒舌が胎龍夫妻の疎隔に触れて行って、散々夫人の柳江を罵倒してから、最後に頗る興味のある事実を述べた。
「そう云う風に、今年に入って以来の住持の生活は、全く見るも痛々しい位に淋しいものでした。それでこの三月頃には、時々失神した様になって持っていたものを取り落したり、暫く茫然としている事などもありましたし、その頃は妙な夢ばかり見ると云って、僕にこんなのを話した事がありましたっけ。――何んでも、自分の身体の中から侏儒の様な自分が脱け出して行って、慈昶君の面皰《にきび》を一々丹念に潰して行くのです。そして全部潰し終ると、顔の皮を剥いで大切そう
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