に懐中に入れると云うのですがね。然し、その頃からこの寺に兆とでも云いたい雰囲気が濃くなって行きました。ですから、今度の事件も、その結果当然の自壊作用だと、僕は信じているのですよ。法水さん、その空気は、今にだんだんと分かって来ますがね」

  二、一人二役、――胎龍かそれとも

 朔郎を去らせてから引続きこの室で、柳江、納所僧の空闥と慈昶、寺男の久八――と以上の順で訊問する事になった。褪せた油単で覆うた本間の琴が立て掛けてある床間から、蛞蝓でも出そうな腐朽した木の匂いがする。それが、朔郎の言葉に妙な聯想を起すのだった。
「厨川朔郎と云う男には、犯人としても、また優れた俳優としての天分もある。けれども、疚しい所のない人間と云うものは、鳥渡した悪戯気から、つい芝居をしたくなるものだがね。それに……」
「いや、あの男はもっと他に知っている事があるんだぜ」検事はそう云って法水《のりみず》の言葉を遮ったが、法水は無雑作に頷いたのみで、
「ねえ熊城君」と鏨《たがね》を示して、「これは兇器の一部かも知れないが、全部じゃない事だけは明らかだよ。と云って、兇器がどんなものだか、僕には全然見当が附かないのだ
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