ネりに、気洞の円柱が出来てしまう。すると、それには対流の関係で、下行する気流が起る道理だから、当然頭上の金雀枝《えにしだ》の花弁はあたりに散らばらず、その気流なりに、裳裾の中へ落ちて行くだろう。然しその花弁には、多分クラーレあたりの、皮膚を痳痺させる毒物が塗られていたに違いない。それが、幡江の鼻から吸収されるので、次第に全身が気懶るくなって行く。わけても、頭から上に触覚が鈍くなって、漸く横にはなったものの、それからは夢心地で奈落へ運ばれて行った事だろう。すると、恰度その折、観客は揺ぐような錯覚を感じて、総立ちになったのだ。然し、孔雀だけは自若としていて、最後の止めを幡江に加えたのだよ。と云うのは、予《あらかじ》め二|条《すじ》の調帯《ベルト》のうちどれかの一本に、孔雀は鋭利な薄刃を挾んで置いた。そして、折からの騒ぎにまぎれて、その調帯の上を絶えず踏み付けたのだ。すると、緩く張った調帯が当然引き緊まって、廻転が早められる道理だから、アッと云う間もなく、その刃物は恐しい速力で幡江に追い付いた。そして、グタリと垂れた頸を、横様に掻き切ってしまったばかりじゃない、その瞬後には、再び孔雀の眼前に
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