続いて法水は、音響病理学者のグツマンで、ダーウィンの友人ドンダース教授の実験などを例に引いたが、それは悉《ことごと》く、彼の仮説を裏書するものに外ならなかった。たしか、その微妙な秘密の中には、九十郎を再び劇場へ誘ったものがあったに相違ない。そしてその際に孔雀は、恐らく最初の犯行を行ったのであろう。
 熊城は、妖《あや》しい霧の渦に巻かれているような思いがしたが、なお二つ三つ、残っている疑義を取り纏めねばならなかった。
「それでは、舞台の上にいた孔雀が、どうして奈落の幡江を殺す事が出来たのだね」
「それがこの事件の|才智の魔術《ウィッチクラフト・オブ・ウィズダム》さ。詳しく云うと、オフェリヤの裳裾と繰り出しの調帯《ベルト》に孔雀が驚くべき技巧を施したからなんだ。君も知っての通り、オフェリヤが小川に落ちたと見せて、幡江が函の中に入ると、下からの風で、裳裾がパッと拡がるじゃないか。そして、その拡がった裳裾を、傘のように凋《すぼ》めながら、如何にもはまり込んで行くかの体で、腰を落して行ったのだ。だが、そうすると熊城君、風が裳裾の周りを激しく吹き上げるので、当然オフェリヤの頭上には、その輪廓
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