ノ於いて」に傍点]、その微妙な法則が如何なる毒と化したかも判らない[#「その微妙な法則が如何なる毒と化したかも判らない」に傍点]。つまり[#「つまり」に傍点]、自分の意志に反して口に出たと信じた言葉のために[#「自分の意志に反して口に出たと信じた言葉のために」に傍点]、九十郎は死地に誘われたに相違ないのだよ[#「九十郎は死地に誘われたに相違ないのだよ」に傍点]。それで熊城君、九十郎が半聾である事を僕が知り得たのは、孔雀が云った、――喰物を口にする時は四辺《あたり》を見廻すと云う一事からなんだ。それが、半聾者にとると、最《もっと》も不安な時で、つまり、欧氏管から入る外部の音響が、唇で遮断されてしまうからなんだよ」
 そこで、法水が一息入れると、聴き手は漸く吾に返えり、惑乱気味に嘆息するのだった。
 人間を弾奏する――孔雀が最後の別れの際に、九十郎を抱擁したのは、その目的がまさにそうではないか。さながら、風琴《オルガン》のカップラーを引き出して音色を変えるように、彼女は相手の胸腔を引きしめ、弛ませつつ、音符を変化させた。そして、九十郎の耳底に思わぬ響きを送って、彼に錯想を起させたのである。

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