^題を投げた。
「云うまでもなく孔雀にさ。そして、その時期は、二た月ほどまえ家族と別れた――その直後だろうと思うのだがね」
 法水は一向に素っ気ない声で云った。
「それには、九十郎の驚くべき特徴を、知る事が出来たからなんだ。あの男は、俳優とは云え半聾だったのだ。然し、内耳の基礎膜には、微かに能力が止まっているので、それが九十郎に頗る科学的な発声法を編み出させたのだよ。それは、耳を塞いで物を云うと判る事だが、ハ行やサ行などの無声音以外は、欧氏管を伝わって内耳に唸りを起す。然しその無声音も、胸腔に響かせて胸声にして出すと、それが幾つもの段階に分かれて、響いて来るのだ。つまりそれに依って、九十郎は自分が出した声を判別する訳だが、勿論相手の言葉は、読唇《どくしん》法や胸震読法などで、読み取る事が出来るだろう。然し、この場合もし胸腔を圧迫したとしたら、自分が口にした音が、耳底には異なって響くに相違ないのだ。そうすると[#「そうすると」に傍点]、別れの際に[#「別れの際に」に傍点]、孔雀が九十郎の胸に抱きついたと云う事は[#「孔雀が九十郎の胸に抱きついたと云う事は」に傍点]、結果に於いて[#「結果
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