R憤怒が漲って、両手をわなわなと顫わせた。が、そうしているうちに、その硬張った筋が次第に弛んで行って、何か激情を解かして行くものが、あるように思われた。
 やがて、淡路は切なそうな諦めの色を現わして、
「止むを得ません。自分の無辜《むこ》を証明するためには、恩師との約束も反古にせんけりゃならんでしょう。実はあの時、僕は奈落に降りはしなかったのです」
 と奈落と云う言葉を口にすると、左り眼を奇妙にビクリと瞬き、淡路は風間の存在を裏書した。そして、最後に付け加えて、
「そんな訳で、今では僕も小保内も、恩師に反いた事を後悔して居ります。そして、貴方と云う侵入者に、決して快よくない事は、今も聴いた小保内の言葉でもお判りでしょう。だが、どうして師匠が捕まるもんですか。決して決して捕まりっこありませんぞ」
 遂に、法水の巧妙なカマが、淡路の口を割り、あの朦朧とした幻が、実在に移される事になった。そうして次々と、焦点面に排列されてゆく風間の姿は、最早疑うべくもないものになってしまった。
 然し、法水の顔は、益々冴えないものとなって、間もなく衣川暁子が、入って来たのも気附かないほどであった。
 風間九
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