場の中には、もう一つ――ねえロンネ君、もう一つ屍体がある筈ですがね」
 その瞬間、ロンネの長身が竦んだように戦いて、殆んど衝動的らしい、苦悩の色が浮かび上った。そして、ゴクゴク咽喉を鳴らして、唾を嚥《の》み込もうとしているのを、法水は透かさず追求した。
「僕は、不図した機会から、誰一人知らない――君と幡江との関係を知る事が出来たのです。然し、幡江は狂乱の場で、自分のために紅水仙をとったのですが、それを花言葉で解釈すると、心の秘密と云う事になるのです。だが、まあそれはそれとして、それから何故、台詞を台本通りに云わなかったのでしょうか。迷迭香《ローズ・メリー》でも――と云って、その次に、それでも|百合の花《フルール・ド・ルス》でもどっちでもいいのだけれど、きっと凋んで[#「凋んで」は底本では「凅んで」]しまうだろう――と云った。しかも、その百合の花を、フルール・ド・リシイと発音しているのですが、そうなると僕は、是が非にもフロイトぐらい、担ぎ出さなくてはなりますまい。何故なら、人間の心理的機構と云うものは、至って奇妙なもので、類似した二つの言葉があると、一方の何処かに、その強い方のものが影
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