ヘ、正確に憶えていますけども、それが六時十五分だったと思いますわ」と云って、放逸な焔を眼一杯に輝かせた。
 そして桃を包んだそのもののような、生毛《うぶげ》が生えている腕を露わに投げ出して、それには打たれても避けそうもない、まるで身体を擦り付けて来るようなものが感ぜられた。
 然し、孔雀の垂れた睫毛の間が、しんみりと濡れて来て、
「もう訊く事がないのなら、今度は私の話を聴いて頂戴。ほんとうに法水さん、つくづく今度と云う今度は、役者が嫌になりましたの。もうこの興業が終ったら、いっそ生活を変えて、私、子供でも生んでみたくなりましたわ」
 孔雀が去った後でも、何やら四肢五体を、ほぐらかすようなものが残っていた。法水はプカプカ莨を灰にしながら、黙考に耽けっていたが、熊城は絶えず揉手をしながら、悦に入っていた。
「法水君、結局君の智能が孔雀を救った事になるじゃないか。そうでなければ、仮令《たとえ》犯行が奈落で行われたにしてもだ。誰しも一応は、あの震動が孔雀の擾乱《じょうらん》手段ではないか――と考えるだろうからね」
 今までも、あの不可解な震動については、妙に法水は沈黙を守っていた。その時も、彼
前へ 次へ
全66ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング