キると、私が着換えをしていると、またやって来て、あの大きな影法師に愕《ぎょっ》とした途端、いやというほど拳で脊を打たれました。ですから、右手の扉の方に逃げようとすると、その前へ立ち塞がって、とうとう私は、衣裳盗みをさせられてしまったのです。その時の痛さと云ったら、左の手首にずうんと響いた位ですわ」
そう云って、取り出した、莨の烟《けむり》の中で、孔雀は裸の腕を擦《さす》り始めた。
「すると、それは何時《いつ》頃ですか」
法水はその横顔をチラリと見て、事務的な訊き方をした。
「僕は円錐形《コーン》の影が、一体何処を指していたか、知りたいのですよ。貴女はミルトンの『失楽園』の事を、誰からかお聴きになった事がありますか。これは、天上から見た地球の話ですが、太陽の蔭になった方には円錐形《コーン》の影が出来て、それが天頂に達すると夜半。そこと六時との間が、ほぼ九時になると云うのです。つまり、童話の神様が見る時計なんですよ」
「ああ、あの悪魔《ルシファー》がやって来た時のこと……」
孔雀はちょっと、白い頸窩《ぼんのくぼ》を見せたが、
「最初は多分三時前後だったでしょう。それから二度目に来た時
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