ゥ。然し、決してそれは、幡江の錯乱が生んだ産物ではないのだよ。あの女の皮質たるや、実に整然無比、さながら将棋盤の如しさ。ねえ熊城君、僕はエイメ・マルタン([#ここから割り注]花言葉の創始者[#ここで割り注終わり])じゃないがね。人は自分の情操を書き送るのに、強《あな》がちインキで指を汚すばかりじゃない。それを花に托《かこつ》けて、送る事も出来るだろうと思うのだよ」
 そう云って法水は、机の蔭から取り出した花束を、卓上に置いた。二人はその色や香りよりかも、法水が繰り拡げて行く、美しい霧に酔わされてしまった。
「君達にも、記憶が新しいだろうとは思うが、幡江は幕切れの際に、父の最期と云い、これだけの花を舞台に撒き散らしたのだ。最初は花葛《フラワー・クリーパー》――夜も昼も我が心は汝が側にあり――さ。次は木犀草《ミニヨネット》、これは、吾が悩みを柔げんは、御身の出現以外にはなし。それから、尋麻草《ネットル》――貴方は余りに怨深くいらっしゃる。そして、幡江は最後に、この翁草《アネモネ》と紅鳳仙花《レッド・バルサム》とで、結び付けたのだよ。あの女は、|許して下さい《フォア・ギブ・ミイ》、|私にだけ
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