Aそこに、何事が起ったのであろうか。いきなり、金雀枝の幹にしがみついて、孔雀がつんざくような悲鳴を上げた。
 見ると、驚いたことには、一端は消え去った筈のオフェリヤの屍体が、再び今度は、書割際の切り穴から現われて来た。彼女は、ジョン・ミレイズの「オフェリヤ」そのままの美しさで、キラキラ光る水面を、下手にかけて流れ行くのである。そして、前方の切り穴の上を越えて、上体を額縁《プロセニアム》の縁から乗り出し、あわや客席に墜落するかと思われたが、その時折よく、緞帳《どんちょう》が下り切ったので、彼女は辛くも胸の当りで支えられた。
 すると、その機《はず》みに、頸だけがガクリと下向きになって、その刹那、一つの怖しい色彩が観客の眼を射った。
 オフェリヤの頸には、その左側がパクリと無残な口を開いていて、そこから真紅の泉が、混々と湧き出して行くのである。しかも、その液汁の重さのためか、素馨花《ジャスミン》の花冠が、次第に傾いて行って、やがて滴りはじめた、血滝の側から外れて行くではないか。

  二、オフェリヤ狂乱の謎

「まるで熊城君、この顔は少しずつ眠って行ったようじゃないか。だんだんと脣の上の微
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