ト、小川の中に入って行く。と、最初は裳裾《もすそ》が、あたかも真水であるかの如く、水面に拡がるのであるが続いてそれは、傘のように凋《すぼ》まって、オフェリヤは水底深くに沈んで行くのだった。そこが何より、この場面仕掛の見せ所だったのである。それから、ホレイショの凄惨《せいさん》な独白があって、それが終ると、頭上の金雀枝を微風が揺り、花弁《はなびら》が、雪のように降り下って来る。と、その下から、屍体が水面に浮き上って来るのだ。
 そして、花の冠をつけた弥生の花薔薇は、そのまま脚光の蔭にある、切り穴から奈落に消えてしまうのであった。
 所が、そうしてオフェリヤの屍体が舞台から消え去ったとき、何んともたとえようのない、驚くべき出来事が観客席に起った。
 最初は桟敷の後方から、柱が揺れる――と叫ぶ声がしたかと思うと、その劇動が、この大建築を忽ち震い始め、ぎっしりと詰まった五千人の観客が、悲鳴を上げながら総立ちになった。
 然し、その数瞬後には、また夢から醒めたような顔になって、一度はたしかに覚えた筈の震動が、不思議にもその瞬間限りで去ってしまったのに気が附いた。そして、再び視線を舞台に向けたとき
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