ュ、云わば、幇間《ほうかん》は如何なるものであるかと云う画幅に過ぎない――と」
「幇間――。ああ貴女も、お父さんと同じ皮肉を僕に云うのですか。|此処に穢わしき者あり、彼処へ去れ《ソルディ・スント・ヒック・ベレンダ・スント・ソルディダ》――なんでしょう。ハハハハ」
 そう云って法水は、空虚を衝かれたような気持を、わずかに爆笑でまぎらわせてしまった。が、その時、開幕の電鈴《ベル》が鳴った。
 そして、次の幕――「エルシノア城外の海辺」が始まったのである。
 然し、その幕から始めて、観客には見えないけれども、暗澹とした雲が、舞台を一面に覆い包んでしまった。
 俳優達はどれもこれも、演技が調子外れになり、台詞の節度がバラバラになった。そして、詰まらない事が神経をたかぶらせて、いっそ何事か起ってしまえば、この悪血が溜り切った血の管が、空になるだろうなどと思われもするのだった。けれども、その後の二場は何事もなく終り、愈《いよいよ》オフェリヤ狂乱の場となった。
 所が、幡江は、あのような打撃をうけた後のためか、それとも自分の現在が、オフェリヤに似ていて、心の奥底に秘められた、悲しい想い出を呼び醒まさ
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