でしたと思われたのです。と云って、その前後には、何も床板を蹈むような音はしなかったのですから、私は不審に思い行ってみました。すると、そこにあるのは、脱ぎ捨てられた、亡霊の衣裳では御座いませんか。そして、簀子の上の方で、チラチラ動いている影が、眼に映りました。けれども、私はもうその上追う事が出来なくなりました。と云うのは側の時計を見ますと、それが恰度九時になっていたからです。いいえ法水さん、たしかに父は[#「たしかに父は」に傍点]、いまこの劇場の[#「いまこの劇場の」に傍点]、何処かにいるに違い御座いませんわ[#「何処かにいるに違い御座いませんわ」に傍点]。ところ[#「ところ」に傍点]が[#「ところ[#「ところ」に傍点]が」はママ]私達は、どれもこれも卑怯者ばかりなんですの。父の一生を台なしにして、あの無残な破滅に突き落してしまった……」
 幡江は膝頭をわなわなと顫わせ、辛ろうじて立っているように思われた。
 所で、彼女がいま、九時と云う時刻を口にしたのだったが、その理由を云うと、道具建ての関係で時間が遅れた場合には、続く二場を飛び越えて、次を、オフェリヤ狂乱の場とする定めになっていたか
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