した。けれども、一方にはまた、妙に強い力が高まって来て、いっそ父と話してみたい欲求に駆られて来たのです。それで、眼を開いてみますと、亡霊の後姿はもうそこにはないので、私は思い切って、舞台裏の方へ駈けて行きました。すると、道具裏の垂幕の蔭には――そこには、淡路さんが居りましたのですけど」
「ああ、それが淡路君なんでしたか。それなら、何もそう、奇異《ふしぎ》がる理由はない訳じゃありませんか。きっと、あの男ですよ――貴女にそう云う悪戯《いたずら》をしたのが――。で、その時は、まだ亡霊の扮装で居りましたか?」
 そうしてはじめて法水は、気抜けしたように莨を取り出した。しかし、遂にその一人二役は、幡江の心中に描かれていた、幻とだけでは収まらなくなってしまった。
「いいえ、もうすっかりポローニアスになっていて、亡霊の衣裳を側に置いたまま、寝そべっていたのです。けれどもあの方は、一向何気なさそうな顔付で、舞踊練習室は通らなかった――と云うのでした。そう云えば、あの室の前には、横へそれる廊下が御座いますわね。所が、その時|衣《きぬ》摺れのような音が――たしか天井の、それも簀子の方へ行く、階段の口あたり
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