から、髭も顎鬚も細くて、そこから鼻にかけての所が、恰度光線の工合で、十字架のように見えるのです。すると、その亡霊の髭が、絶えずビクビク動いているのでした」
[#舞台の図(fig45231_01.png)入る]
「しかし、髭が動いたと云う事に、何か特別の理由でもあるのですか」
「ええ、無論のこってすとも。それが隠そうたって、隠し了《おわ》せない、父の習慣なんですから。父はいつも、顔にチック([#ここから割り注]ビクビク顔を顰める無意識運動[#ここで割り注終わり])を起す癖があるんですの。ですから、懐かしさ半分、怖さ半分で、言葉が咽喉にからまり、目の前に靄のようなものが現われて来て、もしやしたら、父は死んでいるのでないかと思うと、その顔に覗き込まれたように慄然《ぞっ》となって、もう矢も楯もなく、私はハッと眼を瞑《と》じてしまいました。すると、その反動で、廻転椅子が廻り始めたのですが、それが幾分緩くなったかと思うと、今度はそれに手をかけて、いきなりグイと、反対の方へ廻したものがありました。父――私は、ただそうとのみ感じただけで、その瞬間、神経が寸断寸断《ずたずた》にされたような、痳痺を覚えま
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