がいい――と云うものですから、彼処《あすこ》の廻転椅子で、その稽古をする気になりました。所が、その椅子にかけて、緩く廻って居りますうちに、いきなり私の身体が慄《ぞっ》と凍り付いて、頭の頂辺《てっぺん》にまで、動悸がガンガンと鳴り響いて参りました」
「そうですか。しかし、貴女に休演されることは、この際何よりの打撃なんですからね。出来ることなら、少しくらいの無理は押し通して頂きたいんですよ。本当は、二、三日静養なさるといいのですがね。わけてもそう云う、幻覚を見るような状態の時には……」
 法水は、撫然と語尾を消したが、それが却って、幡江の熱気を掻き立てた。
「ああ、貴方も幻だと仰言るのね。ところが法水さん、その幻が――それが、どうしてどうして、幻とは思われないほど、鮮かな形で現われたのですわ。御存知の通り、あの室には入口が二つありまして、一つは舞台裏に、もう一つは舞台の下手に続いているのですが、その時舞台から、退場して来る亡霊と云うのが、なんと父では御座いませんでしたろうか。ねえ法水さん、あれは他の老役《ふけやく》とは違いまして、貴方の好みから、沙翁の顔を引き写したので御座いましょう。です
前へ 次へ
全66ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング