。何しろ殺されたポローニアスなんですからね。あの狭い中で、動けばこそですよ。それで、僕に斯んな愚痴話をしましたがね。――苦しいの何んのって、垂幕に向っては、碌々充分に呼吸《いき》さえつけないって」
「ええ、あの方は、私にいい加減な嘘を並べ立てました。だって、あの亡霊は、擬《まぎ》れもない父だったのですから」
 幡江の淑《しと》やかな頬に、血の気がのぼって、神経的な、きっぱりした確信を湛えた顔に変ってしまった。
 が、それを聴いた瞬間、検事と熊城は椅子を揺《ゆす》って笑いこけたが、法水だけは、この娘の幻に、不思議な信頼を置いているかの如くに見えた。
「それは斯うなんですの。ねえ法水さん。貴方だけは真面目にお聴き下さるでしょうね。いまの幕の間に、私は下手の舞台練習室に居りました。それは、入水([#ここから割り注]小川に落ちて溺れるオフェリヤ最後の場面[#ここで割り注終わり])の際の廻転に馴れるよう、実は稽古して居たからなんです。と云いますのは、身体《からだ》の調子のせいですかしら、どうも廻っているうちに、胸苦しくなって来るのです。それで、母も孔雀さんも、前々から、身体だけは馴らして置いた方
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