さんの二役だとお思いになりまして」
 その亡霊と云うのは、云うまでもなく、ハムレットの父王の霊の事である。
 所が、配役の際に、その亡霊役一つだけが余ってしまったので、止むなく法水は、台本を訂正しなければならなくなった。
 と云って、王クローディアスに扮する、独逸人俳優ルッドイッヒ・ロンネは傍《かたわら》演出者を兼ねているのだし、レイアティズ役の小保内精一《こぼないせいいち》は、音声上役どころでないと云った訳で、よんどころなく亡霊の台詞を消し、ポローニアスの屍体を、幕切まで露《あら》わさないようにした。そしてその間に、その役の淡路研二を使って、一人二役を試みるより外になかったのである。
 つまり、垂幕の蔭を|切り穴《グレイウ・トラップ》の上に置いて、その中で、亡霊の扮装と吹き換えを行い、それが済むと淡路は穴から奈落に抜け、舞台の下手に現われると云う趣向にした。
 然し、何故に幡江は、その二役の淡路に疑念を抱いているのであろうか。法水はその一度で、好奇心の綱をスッポリと冠せられてしまった。
「では、その吹き換えの謎を、淡路君に訊ねてみましたか。合憎とあの男は、僕の剣を喰ったが最後なんです
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